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zoom RSS いじめの事実は把握しておりません

<<   作成日時 : 2014/09/14 22:11   >>

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『いじめ』についての報道を見ているとよく、
「そういった事実は把握しておりません。」
とか、そういった反応を見せる教師や教育委員会。
それを叩く、無責任なコメンテーター。
という構図を見かける。

いじめかそうでないかは、はっきりとした境界線は無いので、
後から振り返って見ると、あれっていじめだったんでは?
という物が出てくるのは、仕方がないことだと思う。
(別に、だから見つからなくても責任は無い。とか言うつもりはない。
 簡単には見つからない物をいかに炙り出すか?も含めて、
 教師や教育委員会の責任だと思うから。)

実際に問題になったケースも、きっと大半はそうなんだろう。
当事者も、それがいじめだ。とは思っていなかった。
という場合も多々あるはずだ。

それは、私自身の実体験から来る確信でもある。
私の中学時代にはいじめは無かった。
少なくとも、最近まではそう思っていた。
他のクラスとかまでは知らないが、
私の目の届く範囲ではそういうのは見かけなかった。
と、思っていたのだが、最近のいじめ報道を見るにつけ、
ある疑惑が、私の中で首をもたげたのだ。
もしかして、私自身がいじめられていたのではないか?

「本人が『いじめ』と思ったら『いじめ』」だとすると、
逆に言えばそう思っていないのだから、あれは『いじめ』じゃぁないのだが。
思い返せば、結構あからさまなことをされていた。気がする。
画鋲を踏んでも、しばらく「なんか足がちくっとした。」で済ませてしまって、
後で足に刺さっている画鋲を見て驚く様な、
繊細という概念の対極にいる人間だったので、
いじめをいじめと思っていなかっただけ。だったのかもしれない。
今更、確かめようもないが。

いじめに気付くのは、当事者であっても難しい。

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